「分裂した国」

  列王記上12章16~20節


 今日の聖書は、ソロモンと呼ばれたイスラエルの王様が死んだ後に起こった出来事が書いてあります。ソロモンは父ダビデの後を継いでイスラエル王国の王様になった人物ですが、大変立派な王様でした。ソロモンが王になったばかりのときにこんなことがありました。二人の遊女がソロモン王の所にやってきました。実は二人には生まれたばかりの赤ん坊がいたのですが、一人の遊女がある晩、眠っている間に気づかずによりかかったので、赤ん坊は死んでしまったのです。そこで夜中起きて一緒に寝ていたもう一人の遊女の赤ん坊と取り替えて知らん顔して朝を迎えたのです。何も知らずに朝を迎えたもう一人の遊女は自分の赤ん坊にお乳を与えようとしたところ、死んでいるので驚いたのです。でもよく見てみると自分の赤ん坊ではありません。そこで自分の赤ん坊を返してもらおうと訴えたのですが返してもらえないので、二人はソロモン王に仲裁してもらおうとやって来たのです。そして二人は互いに、「いいえ、生きているのがわたしの子で、死んだのがあなたの子です」一人の遊女が言うと、もう一人の遊女は、「いいえ、死んだのはあなたの子で、生きているのがわたしの子です」とソロモン王の前で言い争ったのです。するとソロモン王は、じやあ、剣で赤ん坊を真っ二つにしてそれぞれに半分ずっ与えよと言いましたら、本当のお母さんが、「王様、お願いです。この子を生かしたままこの人にあげてください。絶対に殺さないでください」と懇願したので、ソロモン王は「この子を生かしたまま、さきの女に与えよ。この子を殺してはならない。その女がこの子の母である」と言って、赤ん坊とその赤ん坊の本当の母親を救ったことがありました。それくらいソロモン王は偉大で知恵に溢れた立派な王でありました。
 その知恵とソロモン王の偉大さがどこから来ていたかというと、それは、ソロモンをイスラエルの王としてお選びになった神さまです。ソロモンは私たちと何一つ変わらない一人の人間に過ぎません。でもソロモンを神さまがお選びになったのです。 ここが大事です。神さまがソロモンに王として必要な知恵も力も、それから王として歩む勇気と希望、あらゆるものをお与えになることを約束されたのです。ソロモンはその神さまに対してこう約束しました。「わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数の多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう」(列王記上3:7~9)。ところが、ソロモンが王様として次々と成功していく中でソロモンは神様の約束を忘れ、神様が自分をイスラエルの王にお選びになって全てを与えて下さったその恵みをも忘れ、神さまの御心に背くようになったのです。人間というのは、ソロモンのように神さまのことをすぐに忘れてしまうのです。神さまがお選びになって、必要なものを与えて下さった恵みを忘れて、自分の思いのままに生きようとするのです。神さまは何度もソロモンに呼びかけて、犯した罪を認めて悔い改めて帰ってくるように厳しく戒められたのです。それでもソロモンは悔い改めようとしませんでした。王である自分が一番だと一番偉いのだと倣慢に陥っていたのです。
 そのソロモンが遂に死んでしまったのです。それでソロモンの子であるレハブアムが新しいイスラエルの王になったのですが、それを認めようとしない10の部族に属する人々が反対して北イスラエル王国と呼ばれる国を造って分裂したのです。原因は、ソロモンでした。ソロモンが行った重税と重労働に人々は苦しみ、そしてソロモン王に対して激しい反発を抱いていたのです。何故神さまに選ばれたソロモン王がこのように人々の反発と激しい怒りを抱かせたのでしょうか。それはソロモンが神さまに選ばれて王とされたこと、そして全てを与えてソロモンを助け支え用いて下さることを忘れてしまったからです。王様は神さまのお心をイスラエルの人々に伝え、その御心に従って歩ませる大事な努めを与えられた特別な人です。でも王様が神さまを忘れ、神さまに背いたとき、イスラエルもおかしくなるのです。神がお選びになったイスラエルはこのように人間の罪によって分裂してしまいました。今日の聖書の最初に、イスラエルのすべての人々が、新しい王となったソロモンの子レハブアム王が耳を貸さないのを見て、王に返した言葉が書いてありました。「ダビデの家に我々の受け継ぐ分が少しでもあろうか。エッサイの子と共にする嗣業はない。イスラエルよ、自分の天幕に帰れ。ダビデよ、今後自分の家のことは自分で見るがよい」そう言って人々は皆自分の天幕に帰って行ってしまったのです。これは自分たちを神の民イスラエルとしてお選びになった神さまに対する反発の声です。この人間の罪が分裂と分断を生んだのです。そうして現在の朝鮮半島のようにイスラエルは北と南に分かれてしまってお互いに敵対し、対立し争うようになってしまいました。

 でもこの分裂という人間の犯した過ちの中にも、実は神さまの深いご計画があったのです。ソロモン王に神さまが約束された言葉があります。「こうしてわたしはダビデの子孫を苦しめる。しかし、いつまでもというわけではない」(列王記上11:39)。神さまは決してイスラエルの民を見捨てたわけではなかったのです。神さまから離れて対立と混乱の直中にあるイスラエルの民をなお愛し、これを赦して救うために神さまは彼らを戒めその罪を打ち砕き、悔い改めさせてもう一度御自分の元に立ち帰る救いの道を歩ませることを約束しておられたのです。人間の目には見えない。でも大きな分断と混乱の中に神は生きておられ、御自分に背いて離れていこうとする人間を追ってこれを赦して御自分の元に立ち帰らせようと見えない仕方で働いておられたのです。

 神さまは今もこの混乱が続く世界の中に真の支配者として生きておられます。日には見えませんけれど、私たち人間の命を本当に生かして下さるお方として日夜働いて下さっておられます。その神さまの愛、お心がイエス・キリストを通して顕されています。神はその独り子であるイエスさまをこの世にお与えになられたほどに私たちを愛して下さいました。そのような神さまが私たちが苦しみ悲しみ痛んでいるのをお忘れになられるはずがありません。私たちに神さまはそれぞれに命を与えて下さり、人生を用意してそこを歩ませて下さっておられます。私たちは神さまに生かされています。どうかイエスさまを信じて、神さまが共におられることに希望を持って歩んで参りたいと思います。