11月2日

思い悩むな」
 寺島謙牧師
 マタイによる福音書 6章25~34節 

「思い悩むな」という主イエスの言葉である。口語約聖書では「思いわずらうな」と訳されていたが、思い悩んだり思い煩いがない人間は一人もいないはずである。すると何故我々の生活から思い煩いが無くならないかというと、自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むからである。あたかも我々人間は自分の命を自分で生かしていると錯覚して、自分の力で生きていこうと考えるのである。だが自力で生きていこうとするとそれだけでは心許ないので、思い悩み明日を生きることに恐れや不安を抱くのである。だが主は、「空の鳥をよく見なさい」と命じられた。「種を蒔かず、刈り入れもせず、倉に収めもしない」。だが天の父は鳥を養って下さる。あなた方は鳥よりも価値ある存在ではないかと言われるのである。明日、炉に投げ込まれる野の草でさえ、神は覚えてこれを装われる。ならばあなた方のことを神はお忘れになられるはずはない。神は養って下さる。だから何よりもまず、「神の国と神の義を求めなさい」と主は命じられる。神に自分の一切をお返しして、神に委ねて生きる、つまり信仰によって生きる、そこに今日という一日を生きる喜びと希望が与えられる。