3月30日

「憐れみ深い人々は、幸いである」
 3月30日礼拝説教 寺島謙牧師
  マタイによる福音書5章7節

「憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける」という主イエスの言葉である。この「憐れみ深い人々」というのは、弟子達に向かって語られていると共に、我々キリスト者に対して告げられている主の言葉であるが、「憐れみ深い」とはただ優しくしたりとか、同情するとか慰めるということではない。誰かに憐れみ深くなるために、その人を本当に赦して受け入れなければ、憐れむことは出来ない。つまり「憐れみ深い人々」というのは、本当に自分が赦されてすっかり受け入れられていることを知っている人々のことだと聖書は教えている。実は「憐れみ深い人々」とは、我々キリスト者のことだ、と主はここで言っているのである。今、世界に求められていることは「憐れみ」ではないか。憐れみをもってお互いに赦し合うことが出来たら、世界は変わるはずである。人間は皆、神に対して罪を犯している。罪故に憐れみ深く生きることが出来ない。相手を赦すのではなく裁いてしまう。だが神はキリストの十字架によって私達罪人を赦し、憐れんで下さった。そして私達に憐れみ深く生きる命を与えて下さった。