床を担いで歩きなさい
イエスさまは、ベトザタと呼ばれる池を囲んだ回廊で、38年間も横たわったままであった人を癒されました。「よくなりたいか。」という言葉を掛けられ、肉体的な癒しだけでなく、この人の心を神のもとに立ち帰らせようとされました。そして、癒された後、「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」と言われました。「担ぐ」とは、重荷を背負って歩むことです。しかし、神さまは、重荷を背負えと言われるだけではなく、重荷を背負う力をお与えになります。共に重荷を背負って歩んでくださるのです。
私たちは、時に不安でいっぱいになります。自分がその重荷を背負って歩んで行けるのか、床を担いで歩くことができるのか、その自信が持てず、逃げ出したくなることすらあります。そんな時には、神さまがいらっしゃるなんてうそかもしれない、イエスさまが支えてくださるなんて気やすめに過ぎないとすら感じ、祈りも自暴自棄になりがちです。そんな時にはどうすればよいのでしょう。
私たちは、強い存在ではありません。一人では生きていけない弱い存在でしかありません。ただイエスさまにすべてを委ねる。そして、自分に備えられた道をとにかく歩み続ける。たとえ大きな不安の中にあってもそこに留まっているだけでは、その不安からは逃れられません。歩み続ける。その勇気を与えてくださるのが、復活のイエスさまであり、聖霊の働きであると信じます。
城山の中腹にあるカンザクラのつぼみが膨らみ始めました。まだまだ厳しい寒さの中ですが、つぼみの中には、新しい命が確かに芽生え、春に向けて日に日にエネルギーを増し加えていることを感じます。弱い私たちにも、神さまは、きっと重荷を背負って歩んで行けるだけの力を与えてくださいます。神さまから与えられている恵みをしっかりと感じ取り、自分の足で起き上がりたいと思います。そして、床を担いで歩きたいと思います。そんな勇気や希望を与え続けていただける「み言葉」に与ることのできる幸いに心から感謝したいと思います。