使徒信条でわたしたちは父、子、聖霊なる三位一体の神を信じると告白しています。天地を創造された父なる神さま、十字架と復活の贖い主である御子イエスキリスト、そして今日学ぶ聖霊なる神さまです。
聖霊とは「聖」なる「霊」、つまり神さまの霊のことです。聖書では「霊」というのは風や息と同じ言葉です。聖霊とは神さまの風、神さまの息ということになります。風も息もわたしたちの目には見えるものではありませんが、神さまから送られてくる風として聖霊なる神さまはわたしたちと共に歩んでくださり、働きかけてくださるのです。この聖霊なる神さまを信じることをわたしたちは告白しています。
イエスさまは十字架にかかって死なれる前の晩にお弟子さんたちを集められて大切なことを教えられました。イエスさまが父なる神さまの元に昇られた後に、神さまにお願いして、天から「聖霊」を送っていただくことを約束されました。ペンテコステの日に、突然激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえました。そしてそこにいたひとりひとりは聖霊に満たされて、イエスさまこそが救い主であると信じる者にされました。今も神さまからわたしたちの心に風や息を吹きかけるように語られ、イエスさまを信じる信仰を与えてくださっています。聖霊なる神さまのお働きなしには、だれも「イエスさまを主と信じます」と信仰の告白をすることはできないのです。
わたしたちもどのようにして教会に来るようになったのかを思い返してみます。教会へはお父さんお母さんに連れてこられた人、お友だちと一緒に来た人、夏休みに学校の勧めで来た人、教会のHPや看板を見かけて来た人など、ひとりひとり理由は様々ですが、その背後に共通してあるのは一つ、神さまの選びと招きです。聖霊なる神さまの働きかけによってわたしたちはここに集められているのです。
聖霊なる神さまのお働きは自由で様々です。イエスさまは聖霊のことを「弁護者、すなわち父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてを教え、わたしが話したことをことごとく思い起させてくれる」と言われています。わたしたちが信仰生活を送るとき、聖書を読み、説教を聴きます。そのとき「そうか、なるほど!」とその内容がわかり、信じることができることがあります。これも聖霊が働いてくださったことだとイエスさまは言われています。わたしたちの信仰生活のすべてが聖霊なる神さまによって整えられ導かれているのです。
わたしたちはもっとも近くで共にいて励まし慰め、導いてくださる聖霊なる神さまを信じますと告白しています。今朝も聖霊なる神さまの導きによって教会に招かれ礼拝をささげる者とされているのだと感謝して、これからもしっかり心に留めて歩みたいと思います。