CS礼拝説教
ルカによる福音書1章26節~38節
今日から待降節ですね。教会では、今日からキリストが誕生された日までの4週間を待降節と呼んでいます。キリストの降りて来られるのを待ち望むという意味ですね。
キリストってだれ?それは、人としてお生まれになったイエスさまのことです。キリストというのは、日本語で言うと救い主ということ。あなたを救う人という意味です。救うというのは、命を守ること。○○さん、あなたが生まれ、今生きているのは、この救い主のおかげなのですよ。違うよ。ぼくは、お母さんとお父さんが結婚して、お母さんのお腹から生まれたんだよと言うかもしれません。でも、お母さんとお父さんの力だけでは、あなたは誕生しません。あなたが生まれる前から、救い主は、お母さん・お父さんを守り、そして助け、そしてあなたが誕生しました。そんな偉い人(救い主・キリスト・イエスさま)がお生まれになったのが、クリスマスの日なのです。その日までの4週間を待降節(アドベント)と呼んで、教会では、一週間ごとにろうそくを一本ずつともし、喜びの日に向けて、心を整えていきます。今日は、その救い主・イエスさまがどのようにして生まれたのかについてのお話をします。
世界で初めて救い主がお生まれになるということを教えてもらったのは、マリアという名前の12~15歳くらいの女の子でした。ちょうど○○さんと同じくらいの年齢ですね。そして、そのことを知らせたのは、なんと天使でした。天使の名前はガブリエル。マリアさんは、その夜、一人で本を読んでいました。(本当のことはわかりませんが、多くの画家によって描かれた受胎告知をテーマとした作品では、読書をしている場面設定が多いそうです。)そして、マリアさんは、ガブリエルさんから、びっくりする知らせを受けたのです。最初は、「おめでとう。喜びなさい。あなたは、恵まれた(幸せな)方、主(神さま)があなたといっしょにおられるよ。」という言葉でした。うれしい知らせのようですが、いきなり「おめでとう。」とか「喜びなさい。」とか「神さまがあなたといっしょにおられるよ。」とか言われても、何のことやらわからず驚くマリアに、ガブリエルさんは、もっとびっくりすることを話します。「マリア、怖がることはない。あなたは神さまから恵みをいただいた。あなたは、お腹が大きくなり、男の子を生む。その子をイエスという名前にしなさい。その子は、神さまの子どもで、とてもえらい人になる。」と言うのです。
マリアさんは、とても不思議に思って、天使ガブリエルに尋ねます。「どうして、わたしが、赤ちゃんを産むのですか。私はまだ子どもだし、結婚もしていないんですよ。」と言いました。その時、マリアさんは、まだ中学生か高校生くらいの子どもでしたが、結婚の約束をした人がいました。その人の名前は、ヨセフさんと言いました。マリアさんが、子どもを産むということは、大好きなヨセフさんとの結婚の約束を破ることになります。そして、マリアさんがヨセフさんの子どもではなくて、別の人の子どもを産むということは、そのころのユダヤの法律では、死刑になってもおかしくないほどの重い罪だったのです。(イラスト2)
マリアさんは、絶対に嫌だと思いました。○○さんだって、そうでしょう。そんなマリアさんに、ガブリエルさんは続けて言いました。「あなたが生むのは、神さまの子どもなのです。その子をイエスという名前にしなさい。その子は、偉い人になって、世界中の人を救う。」と言うのです。マリアは、その言葉に大きく迷いました。そんな大事な役目をどうして私がうけなくちゃいけないのですか。わたしは、どこにでもいるふつうの女の子です。どうかほかの偉い女の人に頼んでください。。そんなマリアさんを天使ガブリエルは、優しい目でじっと見つめます。マリアさんは、迷います。「わたしが選ばれた。どうしてか分からないけど、わたしが選ばれてしまった。それも神さまに選ばれたんだ。この大事な役目は、やっぱり受けなくちゃいけないのじゃないかな。」マリアさんは、とてもとても迷いました。おそらく何時間も迷い続けていたに違いありません。ガブリエルさんは、そんなマリアさんを「早く決めろ。」とせかしたり、「神さまのお願いを聞けないのか。」と怒ったりすることもなく、じっと見守っていました。真夜中を過ぎ、もしかしたら、明け方になっていたかもしれません。マリアさんは、心を決めました。そして、次のように、マリアさんは答えました。「私は、主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように。」これは、「わたしは、神さまのものです。神さまの子どもを産むという大事な役目をわたしが、させていただきます。」
マリアさんの言葉に、天使ガブリエルは、きっとそっと微笑んで消えていったことと思います。
どうして、マリアさんは、大きく迷いながらも、神さまの子どもを産みなさいというガブリエルさんの言葉に「はい。」と従うことができたのでしょう。それは、マリアさんが神さまのことを信じる立派な女の子だったからでしょうか。それも勿論正解ですが、もう一つ大事なことがあります。それは、神さまが、マリアさんを選んだのは、必ずわたしのお願いを聞き入れてくれると心から信じ切っていたからだと思います。神さまは、マリアさんに断られたら、別の女の子にお願いしようなどとは考えておられなかった。神さまは、初めからマリアのことを信じ切り、マリアさんに、大事な役目をお願いし、マリアさんは、その神さまの信頼に応えて、神さまのお願いを聞くことになったということになります。神さまの力が働いているわけですね。
わたしたちも、マリアさんと同じように、神さまから大事な役目を任されることがあります。わたしだったら、先生をしていますから、いろいろな子どもを育てるという大事な役目があります。わたしは特別支援学級を受け持っていますが、勉強時間にも席に座らず遊んでばかりしている子がいます。注意すると「くそじじい、だまれ。」とか言って言うことを聞かず、教室の外に飛び出していく子もいます。反対に、学校になかなかやってこない子もいます。いつも昼頃にやって来て、「頭がいたい。足が痛い。」とか言って床に座り込んでしまい、ランドセルさえなかなか片付けようともしません。そんな子たちに、私たち教員は、決して怒鳴りつけたりはしないで、辛抱強く関わり続けます。だって、どの子も神さまから与えられたかけがえのない子どもです。神さまは、私たち教員を信頼して、その子たちを任せてくださっているのです。
わたしだったら、教会学校の教師をしていますから、このように説教の担当をしていますが、説教をするためには、どんなお話をするか、一週間も前からいろいろと考えます。できるだけ子どもたちに分かり易く話ができるように、少しでも楽しく過ごしてもらえるように、いろいろと考えるわけですが、いつも礼拝に子どもたちが来てくれるわけではありません。来てくれる時もありますが、子どもが誰もいなくて、大人だけで礼拝を守っているということの方が、今は多くなっています。それでも、私たち教会学校の教師たちは、手を抜いたり、礼拝を取りやめたりすることはありません。それは、どうしてかというと、神さまから与えられた大事な役目だからです。今日は、誰もいなくても、次には必ず誰か来てくれる。そう信じて、礼拝を守り続けているのですよ。
最後に一言祈ります。
ご在天のイエス・キリストの父なる神さま。今朝は、マリアさんの信仰について学びました。マリアさんの信仰の確かさや深さによって、救い主のイエスさまは、お生まれになりました。私たちの小さな信仰が神さまや聖霊の働きによって、救い主の誕生という偉大なものにかえられることを知りました。そのことを覚え、神さまから備えらた道を一歩一歩真摯に歩んでいくことができますように、どうか私たちの歩みと信仰をお支え、お守りください。この一言の祈りをイエスさまのお名前によって、御前におささげします。アーメン。