「招かれつつ、癒されつつ」
1月26日礼拝説教 小島誠志牧師
ルカによる福音書8章40~48節
「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4:4)。最もよく知られている聖書の言葉、まことにさまざまな解釈がなされる言葉、誰もが気にしている言葉であろう。誰もが自分の生き方の急所に触れる問いを聴き取っている。自分が問われているのだと感じ取る。パンがなければどうしようもないではないかと開き直ることもあるであろう。だが忘れてはならないことは、これは主イエスがいかなる救い主となるか、悪魔の誘惑と闘いながら決断しておられる言葉だということである。四十日の断食により飢えの厳しさを改めて知り、私たちの飢饉の悲惨をよく知りつつ、神の力を用いて石をパンに変える奇跡をもって救いとすべきかということである。今もなおそのような奇跡をもって私たちの肉体の悩みを解くことこそが救いだと思っている者が多い。キリストの教会もまた悪魔の誘惑を受け続ける。そこで主に倣って言うのである。私たちを生かすのは神の言葉!現実に神の言葉を聴き続けてこそ、その神の言葉の力によってこそ、私たちは言う。私たちを生かすのは、ただひとつこの神の言葉!
「み言葉の放つ光に生かされて」加藤常昭著より引用
(上のみ言葉は、本日の説教とは関係がありません。)