3月2日

「心の貧しい人々は幸いである」
 3月2日礼拝説教 寺島謙牧師
  マタイによる福音書1~3節

 一般的に、「山上の垂訓」として知られている聖書の言葉であるが、正確には垂訓ではない。主イエスが弟子達に語られた福音の説教である。主は「群衆を見て、山に登られた」とある。主は御自分に迫る群衆から遠ざけるために山にお登りになられた。主が群衆を避け、山にお登りになられたのは、弟子達(キリスト者)に教えられるためであった。換言するなら、主イエスの山上の説教は、信じる者達「教会の信仰者」達に告げられた福音の言葉に他ならない。イエス・キリストの十字架の罪の赦しによって贖われ救われた私達め命、生き方がどういうものであるかを明らかにするのが、山上の説教である。そこで最初に告げられているのが「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである」という主の言葉である。原文では「幸いである」から始まっている。キリスト者は主によって罪を赦され救われて「ただ神のみを拝む者」とされている。いつでも神に信頼し神に望みを置いて生きることが出来るので幸いだというのである。故に「心の貧しい」人々というのは、神以外に頼るべきものを持っていない人のことである。神だけを信じて生きる、そこに天の国が実現するのである。