説教「わたしにつながっていなさい」を聞かせていただいて、学んだことや感じましたこと、また、自分なりに考えましたことを織り交ぜて、記させていただきます。
説教の冒頭で、聖書の話(ヨハネによる福音書十五章一~十節)について、寺島先生は、神さまと自分の関係を農夫とぶどうの木の関係に置き換えて話をされていると言われました。ぶどうが実を結ぶためには、農夫にはたいへんな手間がかかるということを話されました。農夫の姿を見ていたはずの弟子たちには、そのことがよく理解できたはずであるということもおっしゃいましたが、このたとえ話のぶどうの実は、わたしたちの「信仰」のことを言われているということに対して考えさせられたことがありますので、記させていただきます。
自分のことで恐縮ですが、わたしは、信仰とはまったく無縁の人生をずっと送っていました。それが、ちょうど10年前になります。仕事や家庭で挫折があったことをきっかけに教会に通うようになりました。そして、聖書の御言葉にふれる生活をおくるようになりました。しかし、教会に通うようになった当初の自分には、聖書の御言葉がどうしても信じられませんでした。祈りの言葉も、それを聞いてくださる神さまという存在が本当にあるのかどうか半信半疑でした。礼拝に参加させていただいていながら、神さまの存在を信じられない、祈るという行為にも、違和感を感じないではいられなかったことを覚えています。
ところが、教会に通うようになって二年ほどたった頃だったと思います。教会学校の礼拝の司会をするという役をいただきました。その時には、みなの前で祈りの言葉を述べさせていただくのですが、皆さんの前で祈りの言葉を述べている時、神さまがこの祈りを聞いてくださっているという実感を得ることができました。みなで祈りを合わせているという一体感がそう感じさせたのかもしれませんが、その時、初めて、真剣に神さまに祈っている自分を自覚することができたのです。それまでの自分は、だれかの祈りの言葉を聞いていても、その祈りがだれに届いているのか実感できていない存在だったのです。
こんなできの悪いぶどうの枝を神さまは、二年間、ずっと手間暇かけて世話をし続けてくださっていたことに、先日の説教で気付かされました。キリストにつながっていれば、実を結ばない枝はないということを説教の中で寺島先生は話されましたが、神さまを信じ切れずにいたわたしが教会に通い続けることができたのはなぜなのでしょうか。その一つの理由は、教会の皆さん、教友の存在があったことだと思います。教会に行けば、当時の牧師をされていた野村先生が必ず何かしらの声を掛けてくださいました。CSの礼拝に参加すると、高橋先生が必ず声を掛けてくださったことも覚えています。CSの礼拝だけでなく、大人の礼拝にも参加してみないかと山上先生がたびたび声を掛けてくださいました。そして、CSの礼拝堂には、たくさんの子どもの笑顔がありました。教師という職にありながら、何か月も仕事を休んでいた自分には、礼拝に出ると子どもの笑顔を見られることもうれしいことでした。教友の存在、それが教会とわたしを何とかつないでくださっていたように思います。
では、教友の存在を通して、教会とわたし、神さまとわたしをつないでくださっていたのは誰だったのかと問われれば、今、それが、イエスさまであったのだということが、はっきりと分かります。教友というたくさんの枝を通して、水分や養分を送り、わたしというできの悪い細い細い先っぽにある枝が枯れ落ちていくのを、イエスさまはずっと防いでくださっていたのでしょう。CSの礼拝で祈りの言葉を述べている時に、初めて真剣に祈ることができたというささいな変化がおこった自分です。しかも、その変化に二年間もかかったというわたしですが、教会というぶどうの木につながるすべての枝に、神さまの大きな力が及んでいるということを考えさせられるきっかけとなりました。