「マリアの信仰」
12月8日礼拝説教 寺島謙牧師
ルカによる福音書1章46~56節
「マリアの賛歌」と呼ばれる箇所である。マリアは、救い主の母となった人である。そしてマリア自身が、「今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう」と述べたように、聖母マリア」と世界中の人々から知られるようになった人物でもある。だが聖書を読むとマリアは決して幸いな女性ではなかったことが分かる。ヨセフの許嫁であったマリアであったが、その婚約者の子ではない子を身ごもった。これはマリアにとっては受け入れがたい苦しみであった。また救い主の母となった故に、その後のマリアの人生には悲しみ、辛さや労苦がつきまとった。しかしマリアは心から喜んで、「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます」と神に賛美を捧げた。マリアは、天使による受胎告知、そして親類のエリサベトの懐妊の出来事に恐れ、戸惑いながらも神の臨在に触れ、神が尊い御業のために自分を召しておられることを段々と知らされていったのである。やがてマリアは、主イエスの十字架の死に直面する。これは母マリアにとっては耐え難き悲しみである。しかし十字架を通して、マリアはその独り子をお与えになったほどに世を愛された父なる神に出会い、真の救いへと招かれたのである。